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ぜんぶ・じぶん 〜瞑想BBAのマインドフルネス日記〜

周りに内緒で瞑想とかマインドフルネスとか心理学やってます

この世が平和になる、一番簡単で唯一の方法

読んでいただき、ありがとうございます。

三反田さつきです。

 

今日は年度初めの4月1日。エイプリルフールでもありますね。

 

前回の記事

「この世は夢(幻)のようなものだ」とか

「私たちは思い込み&錯覚の世界を生きている」とか

そのようなことを書きましたが

まあ、日常的に虚構の世界を生きているので

この世はいつでもエイプリルフールみたいなものですよね。

 

【前回の記事はこちら ↓ ↓】

目からウロコが落ちるって、どういうこと? - ぜんぶ・じぶん 〜瞑想BBAのマインドフルネス日記〜



この世はホログラムみたいなもので、

永久不変の、確かなものなど何もなく、

見えるもの・触れられるものはすべて

『自分の心(無意識・潜在意識)の投影』で作られている。

そういう内容を書かせていただきました。

 

つまり、アナタがもし病気だったり、貧乏で苦しんでいたとしても

それはアナタが奥底で望んでいるから、そうなったというわけです。

 

「絶対にそれはない!」と言い切る人もいるかもしれません。

でも、あなたの深層意識に住まう魔物・・・いや、あなたの分身が

病気だったり貧乏だったりしたほうが

メリットがあると思い込んでいるのです。

 

意味が分からないって?

・・・では、私の実体験を例にお話していきましょう。

 

私はかつて、原因不明の奇病を長い間患っていました。

子どもを産んだ時、有り得ない珍事(医療ミス)が起こり

母子ともに死の淵をさまよいました。

息子は10日ほどで生還しましたが、私はどんどん衰弱し

原因も分からず、何十日も入院生活を送りました。

 

ドラマ「白い巨塔」のように、教授率いる大勢の研修医たちが

私を観察したり、患部をつついたり、デジカメで撮影するような日々が

何日も続きました。

それくらい、謎多き病状だったのです。

 

いくつもの検査を行い、点滴は針を刺す場所がなくなるくらい

様々な治療を試しましたが、結局原因は今でもわからないまま。。。

結局退院できたのは2ヶ月後で、

その間、子どもには一度も会えずに辛い思いをしました。

 

普通だったら、医療ミスを起こした医師に原因があり

私は被害者で「大変な思いをしたね〜」「それ、ヤブ医者じゃん」

「訴えていいレベル」「母子ともに無事だったのが不幸中の幸い」

・・・というのが、本人を含めた周囲の反応ではないでしょうか?

 

しかし、ホントに大変で、死ぬほど痛く辛い思いをしましたが

そんな中、私はうっすら楽しんでいる自分に気づいていました。

 

 

やばい!この状況、

超おいしいんですけど〜(≧∇≦)

 

 

退院したら、心配してくれた人たちに面白おかしく話そう。

これだけ体張ったギャグを飛ばせるのは、私くらいのものだろう。

出産は大仕事だと言うけれど、これほどハードなのは前代未聞なはず!

 

・・・そう思うと、辛いはずの入院生活すべてがネタに思えて

どういう風に発信しようかとワクワクしている自分も

確実に存在していました(^O^;)。

そして、普通では有り得ない状況で入院している事に対し

優越感と特別感を感じていました。

人が体験していない事や、危険な目にあったことで

自分の価値が高まったような気にすらなりました。

 

入院中は、故郷から両親が来て

生まれたての我が子と私の面倒を見てくれる。

大好きな主人は、さらに私を気にかけてくれる。

友達も、親戚も、全員が私に注目してくれるようで

何とも言えないヒロイン感に浸れたのも事実です。

 

この状態が永遠に手に入るなら、不謹慎を承知で打ち明けますが

このまま死んでもいい。むしろ死んだほうが盛り上がる。

・・・とも思いました(汗)。

 

「我が子を置いてなんてことを!」

「一刻も早く我が子と会いたいのに!」と、

頭の中の大人な私は妄想をかき消しますが

普段は深層意識に隠れていた子どもじみた私が囁くのです。

  

「産んだばかりの息子を置いて、謎の奇病で死ぬなんて

 人々の記憶に美談としてガッツリ爪痕を残せるんじゃね?

 映画化とかドラマ化とかしたら、長年の夢が叶うかもよ?

 これまた、作者の死後ってのがそれっぽいじゃん!」

 

 

・・・どうです?

自分の命や家族の幸せを犠牲にしてまでも、

自分の身体や人生を傷つけてまでも、

周囲から愛されたい・注目をを浴びたいという

潜在意識下に住まうかまってちゃん

普通なんて価値がない!特別な経験こそが人生を豊かにし

世間の評価に繋がるのだという悪目立ちな人格

 

これを、心理学の専門用語で「インナーチャイルド」といいます。

このインナーチャイルドこそが、それぞれの人生の基盤となる

思い込みのパターン(心のメガネ)となります。

 

「波乱万丈な人生だね」と、よく言われる私です。

もちろん、本人もそう思っています。

そのような時、頭では

「どうしていつも私はこうなるんだろう?」

と、悩みましたし、運命を呪ったり、

性格を変えようと躍起になったりしました。

 

しかし、どんな思いを持っても、知識を学んで実践しても

一瞬は落ち着く(落ち着いたように見える)のですが

結局また珍事が降りかかり、波乱に巻き込まれていくのです。

 

なぜでしょう?

それは、このようなメリット(種)が

潜在意識という土壌に植え込まれているからです。

 

● 辛い目にあうと、優しくしてもらえる

● 痛い目にあうと、注目を浴びられる

● 被害者でいると、努力をせずに手っ取り早くヒロインになれる

● 被害者でいると、同情を簡単に集められる

● 幸せな人は妬まれ、不幸な人は愛される

● 悪目立ちすれば、簡単に特別感を得られる

 

ひまわりの種からは、ひまわりが咲きます。

ホウセンカの種からは、ホウセンカが咲くのです。

「苦労すると愛される」の種は、そういう現実を実現し

「弱いほうが愛される」の種は、そういう出来事を引き寄せます。

 

世間から愛され、評価を得るには

言ってることと、やってることと、思ってることを

一致させなければなりません。

でも、潜在意識にいるのはチャイルド…つまり子どもですので

我慢したり、コツコツ努力したり、待たされるのが苦手です。

そうすると、口の割に実力が伴わなかったり

真剣にやっているようで心は上の空だったり

調子のいいことをその場しのぎでこなしたりと

成功を取り逃す行為ばかりするようになります。

 

インナーチャイルドが成長している人は

評価されるには、時間がかかることを知っています。

土を耕し、種を植え、水をやり、毎日手をかけて

やっと成功の実を収穫できると体感値として知っているのです。

 

でも、波乱万丈な人生を送りがちな人は

手っ取り早く、楽して愛や評価を受け取ろうとするので

騒ぎを起こしたり、悪目立ちをしたり、不幸になったり

自分を貶めたり、特殊能力があると言ってみたりします。

そうやって、地道な努力をしようとしません。

つまり、インナーチャイルドの精神年齢が低いというわけです。

 

ところで、私の友達に

小さなころからヒーロー戦隊ものが大好きな男性がいます。

正義の味方が、世にはびこる悪を撲滅し

英雄になっていく様子がたまらないのだそうです。

 

彼はもう、いい大人ですが

権力者や政治家、環境破壊に繋がるグローバリズム

意義を唱えたり、行き過ぎた資本主義によって作られた

食品やサービスの実態(裏側)を世に知らしめる活動をしています。

 

この世のすべては幻なので、彼の心が現実を作っています。

つまり、大手企業やグローバリズム、おじさん政治家が

裏側で悪いことをしていた方が

自分にとってメリットがあるわけです。

 

彼は今でも「悪を成敗するヒーロー」に憧れているのですから

この世には悪人が必要になります。

やっつける相手(悪)がいないと、彼は正義の味方になれません。

だから、常に悪人にアンテナを立てています。

アンテナを立てる=出来事を引き寄せるということです。

 

彼は一見、世界の役に立つ良いことをしているように見えますが

「勧善懲悪のヒーローになる」という憧れの種があるうちは

絶対に平和は訪れないことでしょう。

だって、彼のようにヒーローになりたがる人がいる限り

「悪」が必要不可欠になるからです。

 

この世は幻で、自分の心が100%、360度 投影されるのですから

世の中を平和にしたければ、まずは自分が気楽になることです。

ヒーローになるという特別感(裏を返せば劣等感)があるから

いつまでたっても世界は平和にならないのです。

人を変えてやろう、世の中を良くしようと思うのをやめること。

他人や世の中を変えようとしても、この世の仕組み上ムリゲーですので

そのエネルギーは自分を高める努力に費やしましょう。

 

この世界の全ての住人がそうなれば、

この星は天国になるかもしれませんね。

さあ、今日も気楽に行きましょう♪

目からウロコが落ちるって、どういうこと?

読んでいただき、ありがとうございます。

三反田さつきです。

 

いやぁ〜、嬉しいことに

書きたいことが次々と溢れ出て、

執筆速度が追いつきません(;´∀`)。

でも、少しずつでもいいから文字を打ち、

完璧ではなくとも、継続していきたいと思います。

 

話は変わりますが、ここ数年

私は主に2つの事に力を注いでいます。

1つは、15年ほど続けている瞑想や禅

もう1つは、潜在意識のパターンが世界を作るという

相似形(フラクタル)理論をベースにした心理学

私自身、この2つに理解を深め、実践することで

現実の見え方(解像度)が良くなった実感があります。

 

「目から鱗(うろこ)が落ちる」

という慣用句をご存知でしょうか?

ことわざ・慣用句辞典を調べると、このように書いてあります。

 

鱗で目をふさがれた状態のように、よく見えなかったものが

急にその鱗が落ちて鮮明に見えるようになったということ

 

実は私たち人間は、

何十枚・何百枚というウロコ的なものを重ね付けした目で

世の中を見ているのです。

みんながみんな、現実をしっかり見ているようで

「思い込み」「固定観念」といったフィルターを通した世界を

現実だと信じ込んでいるんですね。

 

良く「色眼鏡で見る」とか「色眼鏡をかける」と言いますが

これは先入観や偏見という色メガネを通して

世の中を見ている事実を、うまく例えたわけです。

 

赤いサングラスをかけると、赤い世界が見えますが

実際の世界は赤くありませんよね。

それと同じように、私達は常に

「あの人はやさしい」「この服は似合わない」という

思い込みの色眼鏡を通して偽物の世界を見ているのです。

度合いの大小はあれど、肉体を持つ全ての人間は

多くのウロコを通して、曇って歪んだ景色を見ているのです。

つまり、ありのままの現実を見ていないのです。

 

それに加え、私を含め多くの人は

物事を1つの視点だけで捉えています。

例えば、カラーコーンのような円錐ってありますよね。

 

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上の図にもあるように、

円錐を真横から見ると、三角形になりますが

真下(真上)から見ると、円形になります。

 

角度をつけると、立体(円錐)として見えますが

平面という思い込みに縛られると

扇形の謎の絵に見えるかもしれません。

また、すっごく視点が近いために

緑色の壁に見えるという人もいることでしょう。

 

俯瞰で見れば、多方面から検証すれば

それは「緑色の円錐」と分かります。

しかし、1つの視点しか持たない人には

「円錐」というありのままの状態が見えませんよね。

 

そうそう。先日、ツイッターを眺めていたら

こんなツイートが流れてきました。

 

 

まさに、そういうことですよね(*´艸`*)。
ただ漫然と一点から眺めるだけでは、真実を捉え切れない。

視点を少しズラすだけで、見える景色や

物事の解釈が違ってくるのです。

私達が生きる現実も、少し見方を変えるだけで

世界がガラッと変わるのかもしれませんね♡

 

不幸な環境、嫌なアイツ、パッとしない容姿・・・。

もしかしたら、そう勝手に思い込んでいるだけで

もしかしたら、曇った眼鏡でそう見えているだけで

実はまったく違う現実が存在するとしたら???

あなたがリアルだと思っている世界は

実は錯覚にまみれているとしたら???

 

「夢か現か幻か この世のことはかりそめぞ」

「うつし世(現し世)は夢」

などと、昔の人は良く言いましたが

リアルだと思っているこの世界は、実は

ホログラムやプロジェクションマッピングのようなものというのが

昨今の量子力学では主流の考え方になっています。

 

仏教の「色即是空・空即是色」「諸行無常」なども

同じような意味として解釈されていますよね。

(このあたりは、後日じっくり記事にしていきますね)

 

いずれにせよ、この世は夢のようなものならば

気楽に生きればいいのかなって思ったりもします(笑)。

もしくは、幻想を生きているのだとしたら

自分の好きなように幻想を描けると思いませんか?

 

目にたくさん貼り付いたウロコを落とし

この世は錯覚(幻想)だと見抜ければ、

ありのままの現実を見ることが出来ます。

 

豆腐が美味しいと言う人もいれば、

白いという人、四角いという人、柔らかいという人もいます。

でも、どれも真実ですし、間違いでもあります。

ごま豆腐のようにグレーの物もあれば、

寄せ豆腐のように丸い物もありますし、

高野豆腐のようにカチカチの物もあります。

 

「豆腐は四角い」と頑なに思い込んでいる人には

これを豆腐と認識できないかもしれませんね。

 

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元々、物事に意味などありません。

豆腐が美味しいのではなく、「美味しい」と感じるのはです。

いつだって、意味を与えるのはなのです。

「あいつが悪い」「環境がダメ」「世の中クソ」

それらもすべて、同じことです。

あいつも、環境も、世の中も、ただ「在る※」だけで

好き嫌いや善悪のジャッジをしているのは自分なのです。

(※在る…というか、存在すら夢のように危ういものですが)

 

ということは、自分の思い込み(固定観念)を手放したり 

視点を変えてみるだけで、解釈が変わるということですよね。

つまりは、自分の心次第で、世界が変わるのではないでしょうか?

錯覚を正して、ちゃんと物事を見られるようになれば

心の在り方も自ずと変わってきます。

 

錯覚に気づくために瞑想を、

錯覚を正すために心理学を、

錯覚を理解するために周波数などの量子力学を使って

ありのままを生きられるようになれたらいいな〜と思っています。

 

そんな気づきを、これからもシェアさせていただけたら嬉しいな。
読んでいただき、ありがとうございました(*^^*)。

「ぜんぶ・じぶん」と「引き寄せの法則」

読んでいただき、ありがとうございます。三反田さつきです。

 

前回の記事は、当ブログのタイトルをなぜ

「ぜんぶ・じぶん」 にしたのかを書かせていただきました。

このブログの軸となるテーマを「ブログ名」にした次第ですので 

一度ぜひ、お読みいただければ嬉しいです(*^^*)。

 


 

・・・そんなわけで、前記事の内容を簡単にまとめますと

「ぜんぶ・じぶん」とは、

あなたを取り囲む世界、そして現象のすべては

実はあなた自身が作り出したのですよ〜。

 

・・・ということを、ざっくりと説明させていただきました。

あくまで「ざっくり」でしたので、今回の記事を含めこれからは

そのあたりの情報を、少し掘り下げていきたいと思います。

 

 

まず、前回の記事に書いた「思考は現実化する」について。

ナポレオン・ヒル先生の書かれたこの本(↓)は

ぶっちぎりの知名度を誇っているため、この

「思考は現実化する」という言葉や理論になじみのある方は

非常に多いのではないかと思います。

 

 思考現実化界の絶対的エース、ナポ様の代表著書。

 

そして、ここ10年〜25年くらいの間で起きた

自己啓発成功哲学、スピリチュアルなどのブームで話題となった

引き寄せの法則」。

 

引き寄せの法則とは、超〜〜〜簡単に説明すると

願い事をすでに叶えた気持ちになり切ることで

実際に叶った状態を引き寄せるというものです。

お金も道具も必要なく、思い立ったらすぐ試せるという

気軽さも手伝ってか、結構な勢いで広まり

現在も多くの方が実行されているのではないでしょうか。


こちらは引き寄せ界のレジェンド、エイブラハムさんですね。

 

私も実は、売れない物書き時代に「とにかく成功したい!」と

引き寄せの法則にハマっていた時期がありました。

(売れない物書きだった15年前については、こちらを御覧ください)

 

例えば、受賞の記者会見でフラッシュを浴びている自分の姿や

バリバリと原稿をこなし、貧乏から脱出し、楽しい仲間に囲まれて

充実した日々を送る笑顔の自分をありありと心に思い描き、

あたかも願いが叶った気分で振る舞いました。

ああ、思い出すだけで恥ずかしい・・・(;´∀`)

 

しかし、そんなことを毎日続けていましたが

一流の表現者になることは出来ませんでした。

・・・が、なんと

 

 

恋人ができ、結婚しました!(爆)

 

 

え・・・・?

 

( ゚д゚)ポカーン

ですよね。何が起こったのか自分でもハテナでした。

しかし、今となってはその仕組みが何となくわかります。

それは、

 

ディテール(枝葉)よりも
在り方(根幹)が実現する

ということです。

 

わかりやすく言うと、気分が現実化するんですね。

過去の私は、大勢の前で拍手喝采を浴びていて

集まった人たちも自分も、心からの笑顔で喜んでいて・・・

みたいなことを、リアルに妄想してたわけですが、

残念ながら大物アーティストにはなれませんでした。

 

・・・が、思わぬことが起きました。

妄想を始めて約1年後、かねてより憧れていた建物で

沢山の喝采を浴びながら、金屏風の前に座っていました。

眼前には、シャッターを切る仲間達やビデオを回すスタッフ。

その景色だけ切り取るとまさに、

私が妄想を重ねに重ねた『受賞記者会見』の様子そのまんまでした。 

 

ね、びっくりでしょ?

本当に、思ったこと…いや、気分は現実化するんです。

 

なので、多くの書籍やブロガーさんが仰っているとおり

良い現実を引き寄せたかったら、良い気分でいればいいのです。

でも、本当は怒りや不満が心に巣食っているのに

「気分サイコ〜♡」「生きてるって素晴らしい♪」

って耳障りの良い言葉を連呼しても逆効果ですから

お気をつけくださいね。

 

言ってることと、思ってることが一致してないと

心の深いところ(潜在意識・深層心理)では

「本当は辛いのに『最高!』なんて嘘ついてるよ、私」

と分かっているので、罪悪感を感じてしまうのですね。

すると、罪悪感を感じるような出来事が現実化されます。

 

ですから、怒りや不満を「悪いもの」と決めつけて

見ないように心の奥に追いやって

「幸せ〜」「最高〜」「ありがとう〜」と連呼&妄想しても

全然違った結果が引き寄せられてしまうんですね。

これが『引き寄せられない』カラクリというわけです。

 

じゃあ、どうすれば

上手に思ったことを引き寄せられるのでしょうか?

 

そのあたりを、これからは

「ぜんぶ・じぶん」という原理を元に

どのような仕組みで心(気分)が現実化していくのかを

解説していこうと思います。

 

ぜひ楽しみにしていてくださいね!!

ブログタイトル「ぜんぶ・じぶん」について

読んでいただき、ありがとうございます。三反田さつきです。

 

ブログのタイトルである「ぜんぶ・じぶん」。

この世のしくみ・・・というか、真理みたいな話として

“現象のすべては、自分が作っている” という言葉を聞いたことがありますか?

 

そんなバカな!ニュースで見る残忍な事件や災害も

遠くで起こっているテロや紛争や飢餓問題も

だらしない旦那も、モラハラ上司も、ぱっとしない容姿も

ぜんぶ自分が作ったってこと?

つまり、自分が原因ってこと???

 

嘘でしょう?

こんな現実、全然望んでないし!

 

 これを読んで、こんな風に思われた方もいらっしゃるでしょう。

しかしながら、自分の目の前に現れるすべての出来事は

良いことも悪いことも、あなたの心が作り出しているのです。

 

思考は現実化する」という、あまりにも有名な本も存在します。

全世界で7,000万部以上も売り上げた、自己啓発本成功哲学界のレジェンドである

ナポレオン・ヒル様の代表作でもあります。

 

 

タイトルに冠してしまうくらいですから、

ナポレオンおじさんは間違いなくこの本で

「思考が現実化する」って事を多くの人に知って欲しかったのでしょう。

私も10代の頃から、心や哲学について細々と学んできた経験から

ナポレオン・ヒルさんの主張は当たっていると思います。

 

しかし、あなたの日常にはムカつく奴や使えない人間、

トラブル、金欠、失恋、メタボなど思い通りにならない現象など

歓迎できないことが少なからず起こっていますよね。

なので「こんな現実、全然望んでない!」と反発を感じる人も

沢山いらっしゃると思います。

 

でも、多くの場合

心の奥底でそのように考えているのです。

 

強く願って叶えた夢も、望んでなかった不幸な出来事も

自分の心(意識)が作り出したのものなのです。

自分を含め、この世に存在するものはすべて

思考エネルギーから出来ています。

あくまで「思考が先」で、出来事が先ではないのです。

 

さて、多くの人は「思考が現実化する」と聞くと

ああ、そんなこと知ってるよ〜。と言ったりしますよね。

でも「100%完全に、自分の思考が世の中を作っている」

と聞いたらどうでしょうか?

 

100%ってことは無いんじゃないかな、とか

生まれた時代とか、性別とか、例外もあるんじゃないかな・・・

と思ってしまうのが正直なところではないでしょうか?

しかし「思考が現実化する」という理論には、例外はありません。

あなたの周り360度、すべてがあなたの思考で
100%例外なく、あなたの思考が投影されているのです。

 

それが自覚できないと、「誰かのせい」という感覚が自然と湧きます。

親が悪い、育った環境が悪い、上司が悪い、夫が悪い・・・

この「自分以外のせい」という感覚を、心理学の世界では

被害者意識と呼びます。

 

被害者意識は、個人から力や決定権を奪い、

自分以外のモノに振り回される厄介な種となります。

意識はいつも外(他人・世の中)に向けられ、

ストレスとなって心身に滞りを作ります。

 

他人&世間からの評価が最優先なので、

ありのままに現象が見られなくなったり

現象をあえて、ありのままに見ないようにと

事実を歪めて理解するようになります。

 

そして自分は、周りからの評価を気にするあまり

素顔を隠して「仮面」を被る生活を送るようになるのです。

 

つまり、目が曇っているので

真実を見ることも出来なければ、

仮面を被っているので

真実の自分を見せることもできないのです。

 

ストレスを緩め、ありのままの素顔で

ありのままの現実を見ることができたら、

他の何かを所有しなくとも、何かの条件を満たさなくとも

たちどころに幸せになれると思いませんか?

 

ストレスによる心身の詰まりを取り除き、

ありのままを見つつ、ありのままを生きるスキルは

瞑想によって高めることができると私は思っています。

 

そして同時に、意識が「100%例外なく現実を作っている」

ということを理解すれば、自分以外のせいにすることなく

自己責任で人生を作っていけるようになります。

そのあたりは、意識(潜在意識・顕在意識)や心理学、

波動や周波数などの量子力学を使って

矛盾なく説明していけると思っています。

 

この世の現れは「ぜんぶ」「じぶん」。

全てが自分なら、自分のあり方次第で

自由に人生をクリエイトすることが出来る。。。

 

そんな世界を、皆さんと探求していけたらと思い

ブログのタイトルを「ぜんぶ・じぶん」にさせていただきました。

今後は、ここに書いたことを詳しく解説していきたいと思いますので

なにとぞよろしくお願いいたします(*´∀`*)♡ 

完璧主義と習慣化について

読んでいただき、ありがとうございます。三反田さつきです。

 

ブログを始めたばかりですが、書きたいことが溢れてしまい

非常に困っています(いい意味で)。

 

さて、いきなりですが、私って完璧主義なんです。

しかし一見、ズボラでだらしなくて、約束も締切も守れない。

社会人としても失格で、びっくりするくらい転職しているし

男性遍歴もそこそこだらしない(汗)。

 

そんな私ですから、家族など親しい人間から見たら

「どこが完璧主義?」って真顔で突っ込まれると思います。

でもでも信じて下さい。本当に完璧主義なんです。

シーツとかピシーっとしてなきゃ気持ち悪いし、

ノートもすごく丁寧に取るタイプです。

 

そして、少しでも思い通りにいかないと、

全部を捨て去ってしまう傾向がありました。

たとえば学生の頃、イメージ通りに美しくノートが取れないと

途端に新しいノートを買ってきて

古いノートは「しくじった過去」として葬り去りました。

0か 100かの、極端な思考です。

そしてそのパターンは、恋愛でも仕事でも人間関係でも

共通の土台となり、現象として繰り返されました。

 

たとえば100点を取れないなら(成功しないなら)

最初から動かないほうがマシだという思考になるので

だんだんチャレンジをしない人間になっていきました。

髪型やファッションで、少し冒険するくらいならできますが

自分の夢や将来に関わることは、思いの強さに比例して

フットワークが重くなっていきました。

 

1番になれないなら、努力なんてしない方がいい。

自分以外の誰かにエネルギーを注いだほうがいい。

(全力で挑んで失敗しても、傷つかずに済むし、

 直接責任を負わずに済むからです)

 

例えば子どもや、旦那や、困ってる人たちの為に

エネルギーを使い、頑張っちゃう人っていますよね。

人の役に立てたり、必要とされることで

自己価値が高まって完璧に近づけた気がして

自分はお留守にしつつ、人の評価の為に奔走してしまう。

 

自分のことはさっぱり解らないくせに

他人の問題は明確に見えるので、ついつい首を突っ込んでしまう。

 そういう人っていますよね。

まさに、過去の私がそうでしたww

 

他人の問題解決に駆け回り、世間の評価を過剰に気にし

慈善事業や環境活動にのめり込み、人を導こうとする・・・

本来なら自分にかけるべきエネルギーを

周りの人や社会に対して向けてしまうのです。

 

では翻って、外部に向けているエネルギーを

自分のために使ったらどうなるでしょうか?

きっと燻っている暇なく、

行きたい未来に向かって行動し始めるかもしれません。

 

40代も半ば。。。

ある日ふと、こんなことを思いました。

今まで私は、家族や周りを幸せにしたくて

たくさんの時間とお金とエネルギーを費やしてきたけど

結局、さほど有難がられず(むしろ煙たがられ)・・・。

 

じゃあもっと学ばなければ!尽くさなければ!

・・・と燃やしてきた闘志を、自分のために使ったら

一体私はどうなってしまうのだろう???

 

一度は表現者を目指し、青春を創作に捧げていた私は

今や流れ作業の中で組立部品をチェックし、

子どもの宿題や忘れ物に頭を悩ませているわけで。。。

しかし、ちゃんとエネルギーの手綱を自分で持てば

自己責任で自立することもできるんじゃないかと思ったんです。

 

今まで人に注いできた力を、自分に向けたらどうなるのか?

それを「ブログ」で表現してみたいと思いました。

 

自分の為だけに、文章を紡ぐ。

完璧でなくても、100点でなくても

60〜70点の完成度でもいいので、継続する。

他人の評価や文章の質を考えず

ただ自分にエネルギーを注ぐためのブログにする。

それが、長年抱えていた「完璧主義」への決別なのかな〜と

勝手ながら思っております。

 

表現に身を捧げていたものとしては、いささか物足りなさもありますが

「ちょっと足んねーな」くらいが、継続するには“いい塩梅”だと思って

コツコツと積み上げていきたいと思います。

 

今後ともよろしくお願いいたします\(^o^)/

私と瞑想との出会い

読んでいただき、ありがとうございます。三反田さつきです。

 

ブログを初めて2日め。

今日は、私が瞑想を始めたきっかけについてお伝えしたいと思います。

 

いつか生い立ちを詳しく話せればと思いますが

ちょっと堅い家系の出身として生まれ育ちました。

年の近い兄が1人。少し年の離れた弟が1人。

 

兄と弟は、堅い両親や祖父母の言うことをイイ感じに聞き、適当に流し、

不満もあったと思いますが、表面上は大人と上手に関係を築いていました。

私は器用に立ち回る事ができず、時代錯誤な大人たちに歯向かいました。

すると大人たちは「どうにかマトモにしなきゃ」と大慌てで

口や手を使って私をコントロールし続けました。

 

今思うと、それも愛だったと分かるのですが

当時の私は、大人のコントロールに比例してアナーキー度を増し

親が勧める堅い将来とは真逆の世界に飛び込んでいきました。

酒、タバコ、クラブ、水商売、アート活動・・・

おとなしく、小さくまとまることは、家族への屈服だと思い込み

刺激的で波乱万丈な青春期をあえて選んだところがありました。

 

兄と弟は、大人たちが望む堅実な一流企業に就職しました。

私は、人生かけて大人たちの価値観を否定してきたところがあるので

家族の価値観の象徴である「堅実な一流企業」に受け入れられた兄弟に

負けるわけにはいきません。

私は私の選んだ「アナーキー」な人生で、一流にならねばと強く思いました。

そうすれば、人生をかけて訴えてきた「お前たちは間違っている」という

家族への主張が報われるわけです。

 

私は家族に勝ちたい一心で、表現の道に身を投じました。

例えば芥川賞でも獲れば、テレビに出るような文化人になれば

堅実さを押し付けてきた家族たちに「まだ堅実で消耗しているの?」

・・・ってドヤ顔で蔑めるじゃないですか(笑)。

表現手段はぶっちゃけ何でも良かった。私はただ、

家族に自分の生き様を認めさせたい(マウンティングしたい)一心で

表現者を目指して色んなことを創作し始めました。

 

しかし、何年やっても芽が出ませんでした。

文章などの学校に行ったり、そういう系の事務所に入ったりしましたが

ある程度のクオリティは満たしても、ブレイクスルーまではいきません。

そりゃそうですよね。私は創作など好きなわけでもなく、

ただ家族にマウンティングしたいだけなのですから。

創作が好きで仕方ない仲間たちとは、覚悟も熱量も圧倒的に差がありました。

それでも騙し騙し、ヒーヒー言いながら創作活動を10年以上続けました。

 

特に世の中に訴えたいことも、表現したいテーマもないので

ネタはどんどん枯渇していきました。

「何とかして斬新で売れるネタを思いつかなきゃ!」

私は救いとネタを求め、色んな記事や文献を読み漁りました。

 

すると『ジキル博士とハイド氏』や『宝島』などで超有名な作家

ロバート・ルイス・スティーブンソンがなんと、

眠っている間に小人(潜在意識)が夢に出てきて

必要な物語やネタを提供してくれるというセンテンスに出会いました。

 

イデアに詰まったり、壁にぶち当たったときには

机にかじりついて頭をかきむしるのではなく、

自分を、すべてを信頼して眠ってしまえば、小人たちがせっせと

必要なものをお膳立てしてくれるというのです。

 

理論の裏付けを求めて、調査を続けると

教科書に載ってる芸術家や、チャートを賑わすミュージシャン達も

潜在意識にアクセスして作品を生み出している事を知りました。 

そういう心身のしくみを知っているアーティストやアスリート、

経営者や研究者などは、日々リラックスする習慣を持っていると

数多くの本に書いてありました。

その代表的な習慣が「瞑想」です。

 

表現者を志したばっかりに、お金にも彼氏にも見放された

アラサー期を送っていた私は、藁をも掴む気持ちでした。

「とにかく表現者としてブレイクスルーしなきゃ!!」

さもないと、このまま極貧で、彼氏もなく、結婚もできず

家族にギャフンと言わせる目標も達成できないまま

孤独死してしまう・・・と、本気で恐れていました。

 

とにかく成功したい。いい作品を出して、世に認められたい。

世間をあっと言わせ、人生をガラッと変えるようなアイデアが得られるなら

瞑想でも何でもやってやろうじゃないのっ!!∠( ゚д゚)/

 

こうして私は、表現者として成功するために瞑想を始めました。

 

あれから15年・・・。

夫と出会い、結婚し、息子を産んだことで、表現者を引退しました。

創作を好きだと思い込み、成功を夢見ていましたが

本当に好きじゃないとクッキリハッキリ分かりました。

ただ私は、家族に認められたかったのです。

そのことについては、いつか詳しく書けたらいいな〜と思います。

 

創作活動からは手を引きましたが、瞑想の習慣だけは残りました。

本当に好きなことは、ずっと続けてしまうものなのですね。

創作活動を通して瞑想と出会い、瞑想が好きだと解りました。

人生って、面白いですね〜。

 

ごあいさつ

はじめまして!

三反田さつきと申します。首都圏在住の40代女性です。

 

同世代の夫と、小学生の息子がいます。

夫は数年前に脱サラして職人になりました。

彼の実家は、部品の組立工場をやっていますが

跡は継がずに職人への道を進んでしまいました。

 

そんなわけで、夫の実家の仕事は私が継ぐ感じになってしまい

今はその工場で社長見習いをやっています。
(一応会社役員です。雇用形態はパートですが)

 

結婚する前は、物書きの世界で15年ほど執筆活動をしていました。

最初こそ新鮮で、周囲を驚かせたこともあったのですが

そのうちにネタに枯渇し、作品から新鮮さが失せ、

もがき苦しむ時期が長く続きました。

 

そんな時に出会った言葉が「潜在意識(深層意識)」でした。

このことについては、後ほどの記事で詳しく書かせていただきますが

文章でも音楽でも、新商品の企画案でも

 

この世に現れるすべてのイデアは、潜在意識が源泉ということ。

そして、潜在意識にアクセスすることで

イデアは「ひらめき」として個人の意識にダウンロードされること。

 

・・・そんな仕組みを知るに至りました。

一見、自分の頭(顕在意識)で思いついたように感じる「ひらめき」ですが
実は、潜在意識下にひらめきの源があり、
そこから「アイデアの種」を拾ってくるような仕組みになっているというわけです。

 

「何を馬鹿なことを言っているんだ?」という人もいれば

「そういう感じ、分かる分かる!」という人もいるでしょう。

私は後者でした。

学生の頃から続いた創作活動で、そのように感じたことが何度もあったのです。

 

普段使っている頭(意識)の

ずっと奥深くに横たわる深層意識に到達するには

頭を空っぽにするつまりリラックス状態になることが不可欠です。

 

スゴイ作品を創ってやる!と息巻いている時より、

散歩やトイレの最中だったり、落書きしている時に

ナイスなイデアが浮かぶという話を聞いたことありませんか?

 

そういう心身のしくみを知っているアーティストやアスリート、

経営者や研究者などは、日々リラックスする習慣を持っていると

数多くの本に書いてありました。

その代表的な習慣が「瞑想」です。

 

現在(2017年)は、マインドフルネスなどと呼ばれる

シリコンバレー発の禅(ZEN)や瞑想がブームになりつつありますが

私が執筆に行き詰まっていたアラサー時代(2002年ごろ)は

やっとアップルの元CEOスティーブ・ジョブス

瞑想(ZEN)を習慣にしているという話がチラッと出てきたくらいで

日本では「瞑想=怪しい宗教」という方程式が根強く残っていました。
(今も結構残っていますが)

 

しかし、あのシンガーもベストセラー作家も世界的経営者も

瞑想を日々の習慣にしているという情報を既に得ていた私は

なんとか物書きとしてブレイクスルーしたい一心で

手探りで瞑想を始めました。

 

最初は雑念に頭が支配されて、全く瞑想状態になれませんでしたが

7年ほど前から専門の先生に瞑想を習いに行くようになり

今ではスッと心身を静め、調えることができるようになりました。

 

そして40代も半ばになった現在(2017年)。

私は、瞑想のインストラクターになるべく、師事する先生のもとで

瞑想の荒行を開始しました。

インストラクターへの道は、まだまだ遠く長いですが

研修で得た気づきや知識を残し、自らを鼓舞できたらと思い

ブログを開設することにいたしました。

 

また、瞑想と同時に学んでいる現象心理学や量子力学

NLP神経言語プログラミング)の情報も並行して載せていきたいと思います。

それにより『色(現象)』と『是(本質)』の両輪で

現実社会に役立ちつつも、目に見えないけど普遍的な真理を

探求していく所存です。

多くの方の目に触れていただき、お役に立てていただけたら幸いです。
末永くよろしくお願いいたしますm(_ _)m

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